~診断が出たとき、私はほっとした。そして怖くなった。~
転機は、年長の先生の言葉でした。
発達障害の息子と習い事の12年間を振り返るこのシリーズ。前回の第1話では、息子の幼い頃に感じていた「何かが違う」という漠然とした感覚をお話ししました。今回はその続き、小学校入学前後の転機と、支援が始まるまでの話です。
年長の懇談で、先生が言いにくいことを言ってくれた

小学校入学の少し前、幼稚園の懇談がありました。年長の担任の先生との個人面談です。
そこで先生はこう伝えてくれました。
「集団では少し遅れをとってしまうかもしれません。一度、市や小学校の先生にお話ししておくと良いかもしれません」
聞いた瞬間、胸がきゅっとなりました。ショックでした。でも同時に、「やっぱりそうか」という感覚もありました。
先生がその言葉を口にするのに、どれほどの気遣いと勇気が必要だったか、今はわかります。「保護者を傷つけてしまうかもしれない」「でも伝えなければ」という葛藤を、きっと先生は何度も繰り返したはずです。それでも正直に話してくれた。本当に、心から感謝しています。
もしあの先生が何も言わずにいてくれたなら、私はまだ「まあ、のんびりしている子なのかな」と思いながら過ごしていたかもしれません。あの一言が、私たち家族の歩みを変えてくれました。
市に問い合わせるまで──「どこに電話すればいいの?」
先生に言われた日から、私は動こうとしました。でも最初の壁は「どこに相談すればいいのかわからない」ことでした。
発達のことを相談する窓口って、調べてみると役所にも学校にも医療機関にもあって、どこが正解なのかわからない。「検索してもどれが自分のケースに当てはまるのかわからない」という状態が、しばらく続きました。
最終的に私は、市の子育て支援課に行きました。
「動きたいけど最初の一歩が怖い」という気持ち、すごくよくわかります。私もそうでした。でも、窓口の担当の方は思ったより丁寧に話を聞いてくれました。「こういう子なんですが…」と話すだけで、次にすべきことを教えてもらえたんです。
1年生で発達検査を受けた日のこと
息子が小学1年生の8月、半年待ちでやっと市が実施している新版K式発達検査を受けました。結果は、DQ(発達指数)79。発達に凸凹があり、全体としては実年齢より少し幼い、という説明でした。
検査の内容や息子の様子については、私の記憶がおぼろげな部分もあるので、ここでは結果を聞いたときの気持ちを正直に書かせてください。
結果を告げられたとき、最初に感じたのは「ほっとした」という気持ちでした。
そう言うと、変に思われるかもしれません。わが子の発達の遅れがわかって、なぜほっとするのか、と。でも私には、その感情がよくわかります。「なんとなく気になっていたのに、気のせいかもと言い聞かせていた」時間がずっとあったから。それが「やっぱりそうだったんだ」という形で言葉になった瞬間、長い間ひとりで抱えていたモヤモヤが、少しだけ輪郭を持ったんです。
でもほっとしたのは、ほんの一瞬のことでした。
すぐに怖くなりました。「これからどうなるんだろう」「この子の将来は」「私に何ができるんだろう」という不安が、どっと押し寄せてきました。ほっとしたことへの罪悪感みたいなものもありました。「わが子の発達の遅れdがわかってほっとするなんて、ひどい親だ」って。
でも今は思います。あれは「ひどい感情」じゃなかった。ずっと走り続けていた自分が、ようやく地に足をつけた瞬間だったのだと。
学校に伝えること、支援学級のこと
検査結果を受けて、次に考えたのは「学校に伝えるべきか」ということでした。
1年生の3学期に、担任の先生に検査結果を伝えました。「どんな反応をされるだろう」と、正直ドキドキしていました。でも先生は真剣に話を聞いてくれて、その後すぐに支援学級の先生が息子の様子を見守ってくださるようになりました。
支援学級に入ることについては、迷いがなかったわけではありません。「普通学級のほうがいいんじゃないか」「みんなと同じクラスでいてほしい」という気持ちも、正直ありました。でも、支援を受けることと、息子らしく学ぶことは、対立しないということが少しずつわかってきました。
2年生から算数を支援学級で受けるようになりました。最初はどうなるかと思っていましたが、息子は嫌がる様子もなく、むしろ落ち着いて取り組めているように見えました。
3年生になると、国語も支援学級に移りました。学校のカラーテストで計算や漢字がなかなか書けないことが続いていて、「もう少しサポートが必要だな」と感じていた時期でもありました。
3年生のときにはもう一度発達検査を受け、結果は2学年下の発達年齢ということでした。数字を見て、私はまた複雑な気持ちになりました。でも同時に、「今の息子に合った関わり方をしてあげられる」という安心感も、確かにありました。
放課後デイサービスとの出会い

放課後デイサービスという社会資源があることは、私はすでに知っていました。そこで市の職員さんに相談すると、いくつかのデイを提案してもらいました。その中から、音楽療育に特化したところを選びました。すぐに見学に行き、息子も気に入った様子だったので、迷わず利用を始めました。
この成長期に、少しでも早く手を打ちたい——その一心でした。息子のためにできることは、すぐに夫に相談しながら進めていきました。
1年生から通い始めた音楽療育のデイは、送迎つきだったのが毎日フル回転の私にとって本当に助かりました。「音楽で療育」というのも、息子に合っていると感じて選びました。
3年生からは、運動療育に特化したデイサービスも追加しました。体を動かすことで気持ちが安定したり、「縄跳びや跳び箱を頑張りたい」という本人の気持ちに寄り添ってくれたりと、息子には合っていたようです。
「放課後デイサービスって何歳から使えるの?」と疑問に思っている方もいると思います。私の息子の場合は1年生(6〜7歳)から使い始めましたが、デイサービスによって受け入れ年齢の条件も異なります。詳しい選び方については、また別の記事でご紹介できればと思います。
号泣した日──ある講演会で先生がくれた言葉
息子が1年生の3学期のことです。
学校から配られた一枚の案内に、目が留まりました。「知能指数をどのように活かして、どう伸ばすのか?」——そんなタイトルの講演会でした。読んだ瞬間、ピンとアンテナが立ったんです。
まだ幼い下の子2人を預かってもらって、私はその講演会に参加しました。終わったあと、先生に個別で相談できると聞いて、迷わず相談に行きました。
そこで先生がかけてくれた言葉は、中学2年生になった今も、息子のことを思うたびに私の心に戻ってきます。
先生は、クラス全体を見渡したうえで、子どもたちをドラえもんの登場人物にたとえて話してくれました。クラスには、出来杉くんのようなタイプの子も数人いれば、のび太くんのようなタイプの子も数人いる。そのなかで息子は——

「この子は、のび太くんチームのほうだね」
そう言われて、私はすとんと納得しました。
そして、高速道路を走る車の絵を描きながら、こう続けてくれました。

「この子はレクサスみたいな高級車じゃない。でも、自転車でもない。ちゃんとエンジンを積んでいる。でも軽自動車なんだ。みんなと一緒に高速道路も走れる。ただ、いつもアクセル全開で走っているんだ」
進路のことで悩んでいた私の話を、先生は一つひとつ、文字や図にしながら聞いてくれました。友達関係のトラブルが続いていた息子のことも話すと、「今はね、理解してくれるたくさんの大人に囲まれているほうがいいんだよ」と。
そして——あくせくと習い事を用意して、放課後デイ探しに走り回っていた私に、こう言ってくれたんです。

「それでいいんだよ。そうやって、この子がみんなに守られて育っていく環境を用意してあげられている。この子は、これからどんどん成長するよ」
その瞬間、涙がとめどなく流れてきました。人前なのに、止められませんでした。
悩みに悩んで、毎日をフル回転で駆け抜けて、まだ小さい下の子2人のお世話にも明け暮れていた自分。その張りつめていた気持ちが、まるで水風船に穴があいたみたいに、スーッと軽くなっていったんです。
このとき私は、心に誓いました。「私は、この子のために、最適だと思える環境を整えてやるんだ。」と。
この言葉は、今でも私の支えです。定期テストの結果がどんなに散々でも、「息子は、フルパワーで頑張っているんだ」——そう思えば、穏やかな気持ちで応援できる。あの日の先生の言葉が、ずっと私の真ん中にあります。
今だから思うこと──あの一言がなかったら
あの年長の先生が言ってくれなかったら、私はいつまでも動けなかったかもしれません。「気になっているけど、大きくなれば追いつくかも」と思いながら、小学校の何年かをやり過ごしていたかもしれない。
「相談するのが怖い」「検査を受けさせることに罪悪感がある」という気持ち、すごくわかります。私もそうでした。でも今振り返ると、早めに動いたことで、息子に合った環境を早く整えることができたと感じています。
お子さんのことが気になっているなら、相談していいと思います。検査は「わが子の弱点を探す」ためじゃなくて、「今のわが子に必要なことを知る」ためのものだと、私は今は思えています。
遅くないです。気になっているなら、それはもうサインです。
次の第3話では
次の第3話では、放課後デイサービスと習い事をどう選んでいったか、具体的な体験談をお伝えします。「どんな基準で選んだのか?」「いくつ通わせていたのか?」私の視点ですが、同じように発達が気になる子どもを育てておられる方の参考になればと思います。
ぜひ引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
─ぽの


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