~発達障害と診断される前の、長い長いモヤモヤ期~
「発達障害があるとわかったのは、小学1年生のとき。でも最初に何かを感じたのは、もっと前でした」
今でもときどき思い出すんです。あの頃の自分が、ちょっとだけかわいそうで、でも精いっぱいだったことを。
息子が発達に遅れがあるとわかったのは、小学1年生のことでした。でも私が「何かが違う気がする」と思い始めたのは、もっとずっと前——息子がまだ幼稚園に入る前後のことです。
「気になりすぎなのかな」「心配性なだけかな」と何度も自分に言い聞かせながら、それでもどこかにひっかかりを感じていた、あの長いモヤモヤ期のことを書いておきたいと思います。
夫は仕事で帰りが遅く、平日は夜9時を過ぎることもしばしば。日中の息子の様子をいちばん近くで見ていたのは、私でした。気になることがあっても、その場ですぐ相談できる相手がそばにいるわけではなくて。夜に夫へ話しても「心配しすぎじゃない?」と返されると、それ以上はうまく言葉にできなくて。このモヤモヤは、しばらく私ひとりの中にありました。
同じように「何かが違う気がする」と感じながら、でもまだ動けずにいる誰かに届けばいいな、と思いながら。
ハサミが使えなかったあの日
最初に「あれ?」と思ったのは、こどもちゃれんじの知育玩具で一緒に遊んでいたときのことでした。
その月の教材にハサミの練習があったんです。紙をちょきんと切る、あの単純な動作です。でも息子はどこに指を入れたらいいのかわからなくて、ぎこちなくつかんでは、閉じたら今度は開けられなくて、また閉じて——を繰り返していました。

あれ、こんなに難しかったっけ?
そう思いながらも、「でも、まだ小さいしな」と打ち消していました。
そうやって「こんなものかな?」と自分に言い聞かせるのが、あの頃の私の口癖みたいになっていました。一回だけならそれでよかった。でも「こんなものかな?」が積み重なっていくうちに、どこかで「本当にこんなものなのかな」という気持ちが顔を出すようになっていったんです。
サッカーコートで立ち尽くす息子を見ていた
幼稚園の頃、息子を幼児サッカー教室に通わせていた時期がありました。
最初のうちは「みんな初めてだから同じくらいだろう」と思っていたんですが、少し経つと、他の子たちは少しずつ変わっていくんですよね。ボールをどっちに蹴ればいいかわかってきて、コーチの声に合わせて動けるようになってきて。
息子だけが、ぽつんとコートの中に立ち尽くしていました。
どこに蹴ればいいかわからない、という感じで。ボールが来ても、体がなかなか動かない。コーチが声をかけてくれても、うまく反応できていなくて。
見ていて胸が痛い、というよりは、「何がうまくいっていないんだろう」という不思議な感覚でした。息子は嫌がってもいなくて、むしろ楽しそうに通っていたんです。でも、何かがうまくかみ合っていない感じが、ずっとありました。

まだ小さいから、そのうち追いつくよ
そう思い直して、その日は帰りました。
ブランコから落ちた日のこと
公園や幼稚園の遊具でも、気になることが重なっていきました。
ブランコから、突然落ちたんです。「きゃっ」という声より先に落ちていて、私のほうが心臓が止まりそうになっていました。アスレチックの揺れる橋のところでは、ぶるぶると震えてしまって一歩も前に進めない。他の子たちがわいわいと渡っていく中、息子だけがそこで固まっていました。
それから、大縄跳びのこと。
縄のリズムに合わせて跳び込むタイミングがつかめなくて、よく引っかかっていました。そのたびにお友達から声をかけられることがあって——子どもの言葉は、ときに正直すぎますよね。それを横で見ていた私は、何も言えなくて、ただ息子の表情を見ていました。
でも息子は、あまり気にしていないように見えました。それがまた、私には不思議で。

大丈夫なのかな…傷ついていないかな。私が心配しすぎなのかな…
——そんな気持ちが、いつも頭の中をぐるぐるしていました。
幼稚園の先生に相談したら「大丈夫ですよ」と言われた
たまりかねて、園の担任の先生に相談したことがありました。
「少し体の動かし方が気になっていて……」と話すと、先生はにこやかに言ってくれました。「マイペースなところはありますけど、大丈夫ですよ。お友達ともうまくやっていますし、心配されることはないと思います」と。
ほっとしました。本当に、ほっとしました。「そうか、大丈夫なんだ」と思いたかった。
でも家に帰ってから、なんとなく腑に落ちない感じが残ったんです。「マイペース」という言葉が引っかかって。先生が嘘をついているわけじゃない、悪意があるわけでも全然ない。

でも……私が気になっているのは、たぶんそこじゃないんだ
「信じたい気持ち」と「やっぱり気になる気持ち」が、半分ずつあったままで過ごしていました。
それでも「何かしなければ」と思って動き始めた
「大丈夫」と言われながらも、私の中の「何かが違う」という感覚はなくならなくて。
じゃあ何ができるか、と考えたとき、最初に選んだのが体操教室でした。体の使い方が気になっているなら、体を使う習い事をさせてみよう、という発想でした。年少から通い始めて、マット運動や鉄棒、跳び箱といった基本的な動きを少しずつ練習していきました。
それから年長の時には英語教室にも通わせ始めました。「勉強面で困らないように」という気持ちが正直なところでした。これから立ち向かわなければならない勉強のハードルを少しでも越えやすくなるように、できることを少しでも増やしておきたい、という、親としての漠然とした不安だったと思います。
「私なりに動いていたつもり」——今の私が当時を振り返ると、そう思います。診断もなく、専門家のアドバイスもなく、ただ「何かがひっかかる」という感覚だけを頼りに、できることを探していた。
それが正解だったかはわかりません。でも、何もしなかったよりはよかったと、今は思っています。
今だから言えること
あの頃のモヤモヤを、私は間違っていなかったと思っています。
「先生に大丈夫って言われたし」「まだ幼いからかな」と何度も自分に言い聞かせながら、それでも頭の片隅にずっとひっかかりがあった。その感覚は、親としての直感だったんだと今は感じています。
気になることがいくつも重なっていたとき、「気のせいかな」で止まる必要はなかったんです。気になるなら、動いていい。相談していい。調べていい。
もし今、「何かが違う気がする」と感じながら、でも「大丈夫って言われたし」「まだ様子を見ようかな」と思っている方がいたら、伝えたいのはこのことです。
あなたの「何かが違う」という感覚は、間違っていないかもしれません。

気になるなら、動いていい。
誰かに「大丈夫」と言われることと、自分の中の「でも…」という気持ちは、どちらも本物です。その「でも…」を、大切にしてほしいと思います。
次の話では
次の第2話では、長いモヤモヤ期に転機をもたらした「ある先生の一言」と、そこから発達検査を受けるまでの流れを書いていきます。
「検査って、どんなふうに進むの?」「相談するってどこに行けばいいの?」という疑問にも、私の体験から答えていけたらと思っています。


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